第25回 プライマリ・ケア(Primary Care = 初期診療)
専門医受診の前に

久しく前から日本でも、プライマリ・ケアという言葉が使われ、プライマリケア学会という学術団体が誕生するなど、「プライマリ・ケア」という言葉は徐々に市民権を得ています。プライマリ・ケアは日本語では、初期診療又は一次診療と訳され、小中規模病院での二次診療、あるいは大病院での三次診療と区別されています。アメリカでいうプライマリ・ケアは、内科医(internist)、小児科医(Pediatrician)、家庭医(Family Practitioner)の各専門医や、GP(General Practitioner)と呼ばれる一般医の診療を意味します。

***アメリカでは、ほとんどの内科医、小児科医、家庭医は日本で言うクリニックで働いているので、日本の区分からすると開業医の分類に入りますが、また同時に病院で入院患者を診ることも多いので、日本の病院勤務医の側面も持っています。因みにアメリカで、病院勤務医というと、普通入院治療を専門にする医師・ホスピタリスト(Hospitalist)を意味し、それ以外の大半の医師は、個人又はグループで開業しています。***

プライマリ・ケア医

日本とアメリカでは、病気になった時の医師のかかり方が違います。日本では、風邪を引くと、まず近くの開業医か、病院の内科外来へ行きますが、耳が痛いと耳鼻科、眼がかすむと眼科、腰が痛いと整形外科、生理不順があると産婦人科と、症状によっては直接専門医を受診する傾向があります。日本から来られて間もない患者さんから、耳が痛いので耳鼻科を紹介してくれないか、とかあるいは頭痛があるので脳外科を受診したいというような問い合わせのあることがあります。しかしアメリカでは、最終的に専門医の受診が必要になるような場合でもまずプライマリ・ケア医(内科医、小児科医、家庭医等)を受診するのが一般的です。 これには、受診対象になる疾患が、必ずしも専門医の治療を必要とせず、プライマリ・ケア医の診療範囲で治療できることがあること、専門医の受診が必要な場合、どの専門医を受診すべきかの判断が必要、という医学的理由が挙げられます。それ以外に、プライマリ・ケア医の受診を先ず求める保険上の理由もあります。

外科系専門医

日本では、筋肉性の腰痛でも整形外科医が診てくれますが、アメリカでは、腰痛はまずプライマリ・ケア医の対象になります。腰痛と言っても、筋肉性の腰痛から、椎間板ヘルニア、脊椎管狭窄症、硬直性脊椎炎、仙腸骨炎、骨髄炎、膿瘍、癌の転移、腎盂腎炎、尿管結石と鑑別すべき疾患はいくつもあるからです。以前働いていた病院で、首と肩の痛みで、カイロプラクティックの先生(カイロプラクター)と整形外科医の治療を長期受けていた患者さんがいましたが、実はその患者さんの痛みは肺癌からきているものだったのです。パンコースト症候群と呼ばれる内科では有名な肺癌症状だったのですが、内科で肺癌の診断がなされた時は、もうかなり肺癌が進行している状態でした。

筋肉性腰痛や軽度の椎間板ヘルニアは、安静、抗炎症鎮痛薬等の内科的処置で十分よくなりますので、まず「外科系」の専門医である整形外科の受診が必要になることはあまりありません。椎間板ヘルニア等で、神経圧迫症状が著明な時や、症状が悪化していく場合は、手術の適応になることがあるので、整形外科へ紹介されます。耳鼻科、眼科、整形外科、産婦人科、泌尿器科、脳外科等の科は基本的には「外科」なので、主に外科的な処置が必要な時か、あるいはその判断を仰ぐ時に紹介されるのが普通です。外科治療以外の内科的治療=主に薬物治療で済む疾患は一般的にまず内科や小児科の対象になります。

多忙な専門医

日本のように耳が痛いから耳鼻科、腰が痛いから整形外科と考えてもなかなかアメリカの専門医は診てくれません。それらの科の専門医は超多忙で、プライマリ・ケア医が診療できるような疾患にプライオリティ(優先度)を置いていないので、予約が取れても1ヶ月2ヶ月先ということになってしまいます。私たちプライマリ・ケア医が紹介するケースでも、すぐに診てくれるわけでもなく、あくまでも外科的適応性の高いケースを優先しています。

多忙な専門医は診療時間が数分というのはざらですので、そこで詳しく腰痛の話を聞いてもらうということはまず期待できないようです。プライマリ・ケア医のレベルで治療できることは、まずプライマリ・ケア医の診療を受けるのが普通だとプライマリ・ケア医も専門医も思っています。そしてプライマリ・ケア医から専門医に患者さんが紹介される場合は、簡単な紹介理由が付けられます。「内科的治療にも関わらず症状が悪化」とか、「外科的適応があるかどうか」とかですが、これによって専門医は短時間で診療の焦点を絞ることができるのです。

研修病院

アメリカで定評のある病院・医療機関は少数の例外を除き、研修教育施設で、多くのインターン、レジデント、フェローのような研修医と医学生が研修を受けています。こういう病院やクリニックでは、有名な専門医の外来でも、まず研修医の問診や診察を受けることになります。研修医による診察が30分以上で、「有名な専門医」の診察は数分しかなかった、というような話はよく耳にします。

治療方針を決めるのはその「有名な専門医」ですので、問題はないはずなのですが、その「有名な専門医」の診療を長く期待していた患者さんにとっては、期待外れの感じを持つことになるようです。また、整形外科のような外科系の専門科では、整形外科医の診察はなくて、整形外科医の下で働くPA(Physician’s assistant = 医師の補助をする人) の診察だけということがあります。PAといっても、専門の教育を受け、医師の指示で診療を行うわけですが、整形外科医の診察を期待している人にはガックリくるようです。

プライマリ・ケア医の役割

内科医、小児科医、家庭医のようなプライマリ・ケア医は様々な疾患の初期診療を行います。子供の中耳炎は小児科医の領域です。耳鼻科医がごく普通の中耳炎を治療するのはまれで、予約も簡単には取れません。何種類もの抗生物質に抵抗性のある中耳炎、難聴が著明で、耳にチューブを入れる必要がある時、鼓膜の切開が必要な時に耳鼻科を受診することになります。中耳炎の9割以上がプライマリ・ケア医の治療で治癒します。

簡単な婦人疾患も、経験のある内科医は治療します。子宮頸癌の検診も産婦人科医が行うことは、最近では少なくなってきました。内科医か、産婦人科で働くナース・プラクティショナー(簡単な診断・治療を行うナース)が行うことがほとんどです。産婦人科医はもっと専門性の高い診療を行うのが普通です。 例えば、子宮頸癌の検査で異常が発見され、組織検査が必要な場合です。

アメリカでは、個々の疾患に対する考え方、治療のやり方が日本と異なることがあります。アメリカのやり方がすべて正しいとは思いませんが、アメリカでの診療の行われ方を知るのは大切です。アメリカでは標準的な診療手順(プロトコール)というのがありますので、いろいろな疾患に対し治療のオプションを知るためにもまずプライマリ・ケア医を受診されることをお勧めします。

最後に

意識障害、激しい胸痛、急に起こる片麻痺、手足の切断、腹部激痛、多量の出血、けいれんのような緊急を要するような症状のある場合は速やかに911に電話し救急室(Emergency Room)に直行してください。救急室へ行くべきか、判断のつかない時は主治医に電話して相談してください。緊急性のない疾患と判断された場合は、救急室で、何時間も待たされることもありますが。

サンディエゴの地元日系紙「ゆうゆう」の2002年6月1日号に掲載。